『おさんぽ おさんぽ』(福音館書店)

今日から梅雨入り。平年より3日早い梅雨入りだとか。この所夏のように暑い日が続いたので恵みの雨ではあるが、室内干し&ナメクジシーズン到来かと思うとちょっと気が重い。
ただ、梅雨の季節、雨上がりに散歩をするのは好きだ。ななちが小さい頃、よく雨上がりに二人で散歩にでかけたものだ。洗い流されたような澄み切った空や水を得て生き生きとした紫陽花を見ると、なんだか元気がでてくるし、ななちもかたつむり探しに夢中だった。

この「おさんぽ おさんぽ」もそんな雨上がりの情景を描いた絵本である。物語の主人公は青い長靴を履いた子供…おそらく男の子であろう。なぜ確定できないのかと言うと、この絵本には子供の膝から下しか描かれていないからだ。全ページ、長靴を履いた子供の足元のみがフォーカスされているのである。そして、この低い視点から捉えた雨上がりの情景と、短くリズミカルな言葉が、この絵本に描かれていない子供の表情を実に豊かに伝えてくれる…魅力的な絵本である。

ありの軍団を見つけて驚いている顔、紫陽花の上にかたつむりを見つけ喜んでいる顔、突然出てきたカエルにびっくりした顔、そして水たまりを見つけた時の嬉しい顔に、夢中バシャバシャしている時のとびきりの笑顔…。ページをめくるたびにころころと変わる子供の表情が、手に取るように伝わってくる。

ななちがお気に入りのページは「もっと もっと バシャ バシャ バシャ」と長靴を脱ぎ捨てて水たまりで遊んでいるページだった。このページを読んでいる時のななちの嬉しそうな顔を見て、きっとこの子供もこんな顔をしているのだろうな、と思ったりした。たっぷんたっぷんになった長靴を履いて帰るというオチもよい。雨が止むのを待ちながら親子で読むのに最適な絵本である。

『こぐまちゃん おはよう』(こぐま社)



年末に友人に会った時にプレゼントした絵本。絵本を手渡すと、パンパースのコマーシャルに出てきそうなクリクリした目の可愛い坊やは素晴らしい発音で「Present!」と言い、笑顔で受け取ってくれた。『だるまさんが』の絵本と迷ったが、海外に住んでいるのでだるまは馴染みがないかなあと思い、こぐまちゃんにした。二歳ごろ、ななちも大好きで毎日のように読んでいた。

主人公のこぐまちゃんはその坊やより少しお兄ちゃん、おそらく3歳前後の設定だろう。少しずつ自分の見に周りのことができるようになってきて、色んな事を自分で考えてやってみたくなる年頃だ。

この絵本には、朝起きたら顔を洗い、歯を磨く、朝ごはんはしっかり食べる、トイレでウンチをし、お風呂に入り、夜は眠る、といった毎日の基本的な生活習慣が描かれている。また、お母さんがごはんを作ってくれるように金魚にエサをあげたり、ぬいぐるみ達を引き連れて遊んだり、抱っこしてあげたりという、人のお世話をしようとするお兄ちゃん的なこぐまちゃんの姿も見ていて微笑ましい。

2歳から3歳にかけてのこの時期は、歯磨き、排泄、着替え等基本的な生活習慣を身につけて行く時期であるのだが、だんだんと自我が強くなり、子供が自分の「したいこと」を強く主張するようになる時期でもある。いわゆる第一次反抗期であり俗に「イヤイヤ期」とも呼ばれているものだ。子供の「したいこと」を受け入れつつ、「しなければいけないこと」や「してはいけないこと」も教えていかなければならないので、子育ての中における最初の難関とも言えるだろう。

そんな微妙な時期だからこそ、大切な生活習慣は、親や兄弟など周りの年長者が率先して見本を見せることによって自然な形で身につけさせていきたい。自分の事は自分でやり、お世話も頑張るこぐまちゃんの姿は、子供たちの目には真似したくなるお兄ちゃんとして映るに違いない。

『しろくまちゃんぱんかいに』(こぐま社)



先ほど郵便を取りに外に出たら、家の近くで小さな子がイヤイヤと駄々をこねていた。二歳から三歳にかけてのあれくらいの時期、ななちも主張が強くててこずったなあと微笑ましく思った。(当のお母さんは必死だろうが…。)

自我が芽生えて自己主張が激しくなるいわゆる「魔の二歳児」の時期によく読んだのがこの『しろくまちゃんぱんかいに (こぐまちゃんえほん)』である。

こぐまちゃんのお友達のちょっとおしゃまなしろくまちゃんがおかあさんと一緒にお買い物へ出かける話である。背が届かないのにポストに手紙をいれたがるのでおかあさんが抱っこしたり、ケーキを買ってくれないと拗ねて泣いたり、帰り道に公園に寄ったり(そしてすべり台がエンドレス…。)…とこの絵本に描かれているしろくまちゃんは、まさに二歳児ななちそのものだった。ななちもなんとなく感ずるものがあったのか、ケーキを買ってと駄々をこねるしろくまちゃんを「パンかったのにね〜。」とお姉さんぶって批判してみたり、「しろくまちゃんみたいに三回すべったらかえる。」と真似してみたりと反応が面白かった。

七五三も終えてすっかり大きくなってしまったななち。この絵本を手に取ることはほとんどないが、私は時々懐かしくなって手にとり読んでしまう。

『うさこちゃんのたんじょうび』(福音館書店)



こちらも比較的初期に購入したお誕生日絵本である。1歳ぐらいからななちが大好きだったうさこちゃんシリーズの「うさこちゃんのたんじょうび」。

うさこちゃんは早起きして、お気に入りの花柄のワンピースを着ておめかしをする。「きょうはあたしのうれしいひ」、つまりお誕生日だからである。椅子にはワンピースと同じ花が飾られ、家族と友達みんながお祝いに来てくれた。うさこちゃんの宝物として度々登場するくまのぬいぐるみも、この日おじいさんとおばあさんからもらったものだ。お話の最後、寝る前にお母さんにちゃんとお祝いしてくれたことを感謝するうさこちゃんがとても微笑ましい。

子供にお誕生日は皆にとって特別な大切な日である、ということを伝えることのできる絵本だと思う。
ちなみに、うさこちゃんことミッフィーのお誕生日は1955年6月21日、今年で58歳になる。

『たんじょうび おめでとう』(こぐま社)



ななちの誕生日が近づいてきた。あれよあれよという間にななちは成長してしまい、気がつけばもうすぐ7歳。嬉しくもあり、少し寂しくもあり…。子供の成長は早いものだ。

そんな訳で、今月はお誕生日絵本レビュー強化月間。

比較的初期に購入したお誕生日絵本が、こぐまちゃんシリーズの「たんじょうび おめでとう」だ。タイトル通り、こぐまちゃんがお誕生日を迎えるお話だ。3歳になったこぐまちゃん、お兄ちゃんになったという自覚が芽生えたのか、朝は一人で起きて、歯磨きをする。服も着替えて「ぼく なんでも できるよ」と得意げだが、ボタンだけはまだかけられず、お母さんにかけてもらうところがかわいらしい。こぼしながらでも自分で食べて、お皿もお片づけ。三輪車に乗って公園にだっていけてしまう。誕生日がきたのだから、高い鉄棒だっできるかな…と挑戦し、「どすん」と落っこちて悔しがるこぐまちゃんに思わずくすりと笑ってしまう。お誕生日がきたから途端にお兄ちゃん、お姉ちゃんぶって背伸びするのは、子供によくあることである。とても微笑ましい姿だ。

お家に帰ると、お母さんがケーキを作ってくれ、お父さんからは大きなプレゼントをもらう。火のともった三本のろうそくの前に立つこぐまちゃんがなんとなく誇らしげに見える。最後のページを開くと、たくさんのプレゼントが描かれている。クレヨンや、電車のおもちゃ、ダルマ落とし…。中にはお化けや卵の殻など「なんで?」と突っ込みたくなるものも混ざっていて、ななちは「こんなのもあるよ〜。」と指をさしては笑っていた。

いつの間にか、こぐまちゃんよりすっかり大きなお姉ちゃんになったななち。もちろん着替えも、歯磨きも、後片付けもできる。自転車にも乗れるし、鉄棒だって得意だ。ただ、一点…こぐまちゃんにかなわないのは、朝一人で起きられないことだ。夫に似て熟睡タイプなのか、目覚ましがどんなに鳴っても自分で起きてこない。土日は無駄に早起き(6時から一人で起きている。)なのに。不思議だ。

『こぐまちゃんのどろあそび』(こぐま社)



水遊びと並んで子供達が大好きなのが水遊びである。小学校に入り、だいぶ落ち着いてきたが、幼稚園時代のななちは毎日のように園庭の砂場で泥遊びをしていた。入園当初はうまく丸められなかった泥団子が、日々の鍛錬のおかげで、卒園する頃には、カチカチでまん丸の団子が作れるようになった。

こぐまちゃんも泥遊びが大好きである。おかあさんから買ってもらったスッコップで穴を掘り、泥だんご作りを始めたこぐまちゃん。丸めたお団子をきれいに並べてご満悦で遊んでいると、しろくまちゃんがやってきて、並べたお団子を、楽しそうにぴょんぴょん跳ねながら潰していく。怒ったこぐまちゃんはしろくまちゃんに飛びかかり突き飛ばしてしまう。悪気はなかったとはいえお団子を潰してしまったことを素直に謝るしろくまちゃんに、突き飛ばしたことを素直に謝るこぐまちゃん。二人は仲直りして一緒に遊び始める。

なんてことはないお話のように感じられるが、最近はこうした子供同士の喧嘩や自然な仲直りがなかなかできなくなっているなあと感じることがある。原因は親の過干渉だ。まず喧嘩になる前に親が介入し、未然に防いでしまう。万が一喧嘩が起こった場合も、両方の親同士で謝り、子供はそれを真似してとりあえず「ごめんね」を言う。真似て言う「ごめんね」には、果たして気持ちは入っているのだろうか。

しろくまちゃんは、怒ったこぐまちゃんを見て、悪気がなかったとはいえ、自分がお団子を潰してしまったことがこぐまちゃんを傷つけたことを自分で理解し、謝った。また、こぐまちゃんは、しろくまちゃんには悪気はなかったことを理解し、怒りにまかせて突き飛ばしたことを悪いことだと理解し、謝った。どちらも一度相手の気持ちになって考え、反省しその上で「ごめんね」と言っている。これこそ気持ちの詰まった「ごめんね」だと思う。

親が謝ることが悪いわけではない。むしろ謝る姿勢を子供に示すことは大切だ。問題は、そこで終わりにしてしまうところにある。親が謝ったから、それでおしまいにするのではなく、相手の気持ちを思いやり、自分のどこに問題があったのかを子供自身に考えさせた上で、「ごめんね」を言わせることが大切なのではないだろうか。この絵本は私に、自然に心からの「ごめんね」が言えることの大切さを教えてくれた。

『こぐまちゃんのみずあそび』(こぐま社)



早いもので気がつけばもう7月だ。学校のプールも始まった。ななちは今から夏休みを心待ちにしている。
暑くなってくると楽しいのが水遊びだ。こぐまちゃんシリーズの「こぐまちゃんのみずあそび」には、そんな子供の心理が生き生きと描かれている。

最初はお花にお水をあげるお仕事をしていたこぐまちゃん。そのうち池の金魚や歩いているありさんにも「あついね おみずをあげよう」と水をかけ始める。すると、友達のしろくまちゃんがどこからかホースを持ち出してきて二人で盛大な水遊びが始まる。気がつけば二人とも泥だらけ…。「あらあらこんなになっちゃって…。」というおかあさんの声が聞こえてきそうな感じだ。最期のページはシャワーを浴びるこぐまちゃんで終わる。

最初やっていたことから脱線し、次々に新しいことを思いつき、そして最終的に大騒ぎになる…というパターンは子供によくあるパターンである。水があるなら尚更だ。親としてはほどほどにして欲しいという気持ちもあるが、夢中になっている子供達の姿は本当に楽しそうで微笑ましい。あとがきには「いたずらは、子どもが自分からやりたいと思ってやる」自主的な活動であり、「創造性の芽」であると書いてあった。確かにそうした面はあると思う。人に害悪を与えないいたずらは、時には許容して自由にやらせることも必要なのかもしれない。

『こぐまちゃんいたいいたい』(こぐま社)



ななちが大好きだったこぐまちゃんシリーズ。この絵本では、こぐまちゃんが色んな失敗をして「いたい いたい」を経験する様子を描いている。

山積みにした積み木を運ぼうとして足に落としたり、階段で遊んでいて上から落ちたり、お団子の串で口の中をつついてしまったり…どれも小さな子供がやってしまいがちな失敗ばかりである。親子で絵本を読みながら「積み木はきちんと箱にしまってから運ぼうね」とか「階段はゆっくり、手をついて下りたほうがいいよね」など、「いたい いたい」になった理由や、ならないためにはどうすれば良いかを語りかけながら読むと良いだろう。

子供は「危ないからダメ」と漠然と禁止するよりも、「落ちて怪我をするからこうしようね」と教える方が納得するし、しっかりと覚える。こぐまちゃんの「いたい いたい」により危険を擬似体験し、その理由を考えてこぐまちゃんに教えてあげるというプロセスの中で、子供は危険回避の方法を学ぶことができるのだと思う。

『ブルーナの0歳からの絵本 第2集』(講談社)



この絵本は、ななちが生まれて間もない頃、夫が買ってきたものである。つまり、一番最初のななちの絵本である。紙は厚手で、角は丸くなっているので手を切ったり、角で怪我をしたりする心配もない。多少かじっても大丈夫な仕様になっている。またジャバラ状になっているため、どちら側にもめくることができるし、ついたてのように立てて遊んだりすることもできる。

全部で4つのシリーズがあり、第1集は「ミッフィー」 第3集は「どうぶつ」第4集は「うちのなかのもの/ぼくのもの わたしのもの」という内容になっている。個人的には、「たべもの」「おもちゃ」という、実際に赤ちゃんの身の回りにある親しみやすい二つのテーマを扱っているこの第2集が一番よいと思う。

この絵本の特徴は、文字がないことである。ページに一つずつ、りんごやアイスクリームの絵が描いてあるだけなのだ。言葉をつけるのは親である。最初の頃はカラフルな絵を一緒に眺めているだけで良い。興味をもって絵を見つめるようになったら、「りんごだね、赤くておいしそう」「アイスクリーム、冷たいな〜」など思ったことを自由に声に出して語りかけて欲しい。赤ちゃんはそうした語りがけの言葉を蓄積し、言葉を学んでいく。成長に応じて「バナナはどれ?」「どの食べ物が好き?」など問いかけるのもよいだろう。

赤ちゃんは音と言葉の区別がまだできない。だからテレビやDVDを見せるだけでは言葉は育っていかないのである。抱いて、目を見て、語りかけるというコミュニケーションを通して、赤ちゃんはその音を「言葉」として認識できるようになるのだと思う。

先日友人に赤ちゃんが生まれた。幸せそうに眠っているかわいい写メを見て、ななちにもこんな時代があったなあと懐かしく思った。当時は授乳だおしめだと夜中に叩き起こされてゆっくり眠ることができず、このまま疲労困憊の毎日が延々に続いて行くのだろうかと不安を感じたものだ。しかし、赤ちゃんは日々成長し、自分の方もだんだんコツをつかんでいく。長い子育て期間の中からみれば、赤ちゃん時代はほんの一瞬であり、過ぎてしまえば二度と戻ることのない時間である。大変だとは思うが、ぜひ一日一日楽しみながら、そしていっぱい語りかけながら過ごして欲しい。

『きんぎょが にげた』(福音館書店)



金魚鉢から逃げだした金魚が、部屋のいろいろなところにかくれんぼする。カーテンのもようの中に隠れたり、キャンディやお花に紛れたり…。五味太郎さんのカラフルなイラストがかわいらしい絵さがしの絵本である。「きんぎょがにげた」「どこへにげた」という親の問いかけに対し子供が答えるスタイルは、絵本の読み聞かせのとっかかりとして最適なものだといえる。問いかけに答えようと話に耳を傾ける習慣をつければ、徐々に長いお話や物語も聞くことができるようになるためだ。

2歳ごろのななちの気に入りの絵本で、私の「どこににげた」の問いかけに対し「いた!」と小さな指でさして喜んでいた。最後のページの金魚探しなどは、小さな子供には結構難しいと思うのだが、きちんと見つけることができるのが驚きだった。

ななちは今でも絵さがし系の絵本が大好きで「ミッケ!」や「伝説の迷路」シリーズを愛読している。(全巻制覇しそうな勢いだ。)この「きんぎょがにげた」は、ななちの「絵さがし絵本好き」の原点である。