紫陽花シーズン到来

この週末は夫もななちもいなかったので久しぶりにのんびりとおひとりさま時間を過ごした。カフェで読書かお出かけか…と悩んだが、天気も良かったので小田原城の紫陽花を見に行ってきた。

ちょっと早いかな…とは思ったのだがやっぱり早かった。一分咲きってところだ。

しかし、咲き始めの紫陽花を見ることができたのは良かった。色が薄く、これから開いて色づいていくんだな…という瑞々しさがある。

紫陽花の花言葉は「移り気」。植える場所によって色が変わるためだと言われている。ただ最近は寄り集まって咲く姿から「家族団欒」というポジティブな花言葉も広まりつつあるらしい。

こちらはガクアジサイ。前にブログにも書いたが、この丸いつぶつぶが本当の花。まだ全て蕾の状態だ。

こちらは少し咲いたもの。花弁が星型に開き、めしべとおしべが出ている。

紫陽花を見ると、妊婦時代に紫陽花の開花を待ちながら川沿いの道を散歩をした日々を思い出す。あれからもう13年近く経ってしまった。ななちも大きくなるはずだ。

中学校生活と同時にスタートした朝練&お弁当生活。長年夜型生活だったため、なかなか慣れることができず日々しんどい。慢性の睡眠不足状態のせいか、年のせいかとにかく気力がわかない。踏ん張りがきかなくなったし、体力が明らかに落ちているように感じる。そろそろ養命酒とか命の母とかに頼ってみるべきか…。

紫陽花はまだまだだったが、ツツジは満開だった。今年の春は少し寒かったから全体的に開花が遅めなのかもしれない。ツツジの花言葉は「自制心」「慎み」「努力」。紫陽花と比べるとだいぶ優等生な感じの花言葉だ。

ツツジの花、子供の頃蜜を吸ったりしていたな…。

小田原あじ・地魚まつり2019へ

今年も早川漁港で開催されていた小田原あじ・地魚まつりへ出かけた。

ななちの朝練&弁当生活で睡眠不足で陥っていたため寝坊してしまい、今回は出発が遅れてしまった。そのため漁港に到着したのは13時頃。

地魚すくいやマグロ解体ショーなどのイベントは全て終了しており、出店も完売しているところもあり…完全に出遅れてしまった感じだった。漁港の朝は早かった…。

とりあえずかます棒とアジフライ、揚げかま、地ビールなどはゲットすることができた。地ビールとアジフライの相性は抜群。

出遅れて一つだけ良いことがあった。活魚販売コーナーが閉店前の半額セールを開催していたのだ。ほうぼうは二袋(六尾)で500円。格安!!

そしてなんと5000円のあおりイカが半額の2500円。2500円てそんなに安くないのでは…と思う方もいるかもしれないがサイズが半端ない。シンクを埋め尽くす1キロ越えの大物ちゃん。

ほうぼうとイカは夫とななちが二人掛かりでさばいてくれた。(母の日だから休ませてもらった♪)ほうぼうはお刺身&素揚げに、イカは天ぷらでいただいた。

旬の新鮮なお魚ってなんて美味しいんだろう!と感動。来年もいけるといいな…。

シド・ミード展へ

この10連休中、東京で開催しているシド・ミード展へ行ってきた。午前中は激混みとの情報があったので、時間を遅らせて夕方4時頃に行ってみたが、それでも30分ほど入場待ちがあった。34年ぶりの日本での個展&連休中の開催ということもあり連日大盛況のようだ。我々世代より上が多いかなと思っていたが、若い人も同じくらい来場していた。

シド・ミードと言えば私の中では『ブレードランナー』のイメージが強い。ネオン広告がゆらめく、退廃的でありながら無機質さを感じる都市の映像。1980年代に、あの世界をイメージだけで創り出したのはすごいと思う。「ビジュアル・フューチャリスト」とか「未来を透視してきた」とか言われているが、本当にその通りで、シド・ミードの作品はまるで見てきたかのようなリアル感がある。

日本で有名なシド・ミードデザインといえばヒゲガンダムこと『∀ガンダム(ターンエーガンダム)』だろう。

従来のガンダムシリーズとあまりにも異なる外観故に、ヒゲみたいでカッコ悪いとか、股間にコックピットがあってヤダとか視聴者の評価は散々だったようだが、シド・ミードは内部構造の設計をイメージした結果このデザインにたどり着いたらしい。

不評なコックピットの位置は、人型のものが内部に人を擁する場合に一番安全な場所は子宮である…という理由から決定したとのこと。アニメだからといって外観だけを見た目良く描くのではなく、リアリティを追求し内部高構造までイメージしながら創られたデザインだということを知り、∀ガンダムに尊さを感じるようになった。

同じくアニメの『YAMATO 2520』の戦艦のデザインも展示されていたが、こちらもすごかった。外観イメージより先にきっちり書き込まれた内部構造の断面図が送られてきて制作スタッフが愕然としたという逸話もシド・ミードらしいと思った。大人の事情で頓挫してしまったのが惜しまれる。

シド・ミードは、まだ見ぬ未来をリアルに細部にわたるまでイメージすることができる妄想力と、頭の中にあるイメージをそのまま描き出すことができる画力を併せ持っている稀な人物なのだと思う。そしてきっと「ここに動力があって…ここにはミサイルを格納するんだ…」とワクワクしながら制作しているに違いない。そうでなければこんなにも私達をワクワクさせる世界を描く事はできないと思う。

シド・ミード展は、2019年5月19日(日)まで。SF好きには強くオススメしたい展示。

鹿展Vol.4へ

今日から始まる新元号令和と共に神宮前ギャラリー鹿展Vol.4がスタートした。

作:秋草愛さん

今回の鹿展は若手の作家さんが多く、SNSで制作過程を配信したりしていたので開催前から作品を楽しむ事ができた。

しかし、ネット上で作品を見るのと、実際にギャラリーで原画を見るのとではやはり感動のレベルが違うなと感じた。デジタルデータでは、ペンや筆のタッチと言った質感まではなかなか伝わりにくいのだと思う。

また在廊している作家さんから直接作品への思いなどを聞くことができるのも展示会の魅力だ。どんな人が、どんな想いで作品を制作したのかを知ることにより、その作品への愛着はより深くなる。

なので、気になる作品を見つけたらとりあえずその作家さんの展示会へ行ってみることをお勧めしたい。

鹿展Vol.4ではポストカードを始め、カレンダー、缶バッジ、立体作品、ハンコ、マスキングテープなどグッズも販売中。気がつくと今回も色々買ってしまった。

神宮前ギャラリー鹿展Vol.4は6日まで。

神宮前ギャラリー鹿展vol.4

違和感

この誕生日で43歳となり、ドクター高松と並んだ。ドクター高松は柴田亜美先生の『南国少年パプワくん』という漫画に出てくるマッドサイエンティストある。(こんな感じの人。知ってます?)

登場の度に「43歳独身」がフューチャーされるので印象に残っていた。読んでいた当時は自分から見ても43歳は立派なおじさまだったし、漫画でもおじさまとして描かれていた。そのキャラクターと年齢が並ぶというのはなんだか複雑な気分だ。野球選手やサッカー選手がいつのまにか全員年下になりショックを受けるのと似ている。

他に43歳のキャラクターって誰がいるんだろう…と調べたらAKIRAの大佐が42歳で年下になったことを知り驚愕した。さらにナウシカのユパ様が45歳、サザエさんのフネさんが48歳で射程圏内に入っていることに愕然とし、思わず同級生の友達にLINEしてしまった。すると、ナウシカのミト爺が40歳、紅の豚が36歳という情報も飛び出し…皆でショックを受けた。

子供向けアニメは、その世界の見え方を視聴者である子供にあわせて作られる事が多い。子供から見れば40代は立派なおじさん&おばさんだ。これは一般的に見てもそうだろう。だからドクター高松とか大佐が40代というのは妥当な年齢だと納得できる。ユパさまもポルコも、おヒゲのせいで上めに見えたという解釈で受け入れよう。

しかし、孫がいるフネさんや「爺」と呼ばれるミトが40代っていうのはやっぱりちょっと受け入れ難い。そこには「おばさん」と「おばあさん」の境界線がある。子供目線からすると、40代も50代も60代もみんな同じように見えるってことなのかもしれないが…。

43歳、できればまだ「あ」は入れて欲しくないお年頃。

脳はネガティブ

4月に入ってから災難続きだった。スマホを落として画面を割ったり、転んだ拍子に家具の端であばらを殴打したり、額を箪笥の角にぶつけたり。そして昨日は冷蔵庫の引出しに思い切り指先を挟んでしまった。痛さで泣いてしまったのは出産以来だ。

最近こんなのばっかで全然良いことないや…と気分が落ち込んでいた時、テーブルの上のシガールを見てそういえば良いこともあったなと思い直した。

脳は悪い記憶を優先的に残すと言う話をどこかで読んだ。痛さや辛さなどを伴う負の記憶を強く残すことにより、同じミスを起こさなくなり、危機を回避することができる。最悪のケースを想定して慎重に行動できるよう、脳はネガティブ思考に傾いている…といった内容だった。

もしそうであるならば、バランスを保つためには意識的に良い記憶を強く残すよう心がける必要があるのではないだろうか。そこでここ最近にあった良い事を思い出してみる。

友達から前から気になっていた話題の干し芋が届いた。
大好きなシガールとゴディバをお土産にいただいた。
庭のブルーベリーが今までにないくらいたくさんの花を咲かせた。
2年ぶりに水仙が咲いた。

そして今日は家族や友達から温かいお誕生日メッセージやプレゼントをもらった。

やはり悪い事よりも良い事の方が沢山あった。それを忘れて災難続きだ、不幸だと嘆くなんて、なんて愚かなことだろう。元気に誕生日を迎え、それを祝ってくれる家族や友人がいる幸福に感謝しなければならないと反省した。

花見散歩

今日は夫もななちもそれぞれの友達と遊びにいってしまった。一人でのんびり引きこもり!と思っていたのだが、天気と陽気に誘われ桜を見に行くことにした。この春はバタバタと忙しく、菜の花も梅も見逃した。せめて春の最後を飾る桜くらいはしっかり堪能したいと思い、一人で小田原城まで足を伸ばした。

散り始めて葉桜になりかけていたが、それもまた良い。桜の淡いピンクと新緑の緑のコントラストが美しい。

お堀に沿って歩いていると、ちょっと変わった桜を見つけた。風に煽られたのだろうか。幹の部分が大きく曲がり、お堀の中に倒れこむような形で伸びている。

近づいてみると、幹の真ん中のあたりから若くて太い幹が空に向かってまっすぐに伸びていることに気がついた。

倒れそうになりながらも新しい命を支えている老いた幹と、その力を受け継いで大きく成長しようとしている若い幹。必死に命を受け継いでいこうとするその姿になんだかジーンとなってしまった。

お堀を一周した後はお城へ。城址公園は花見を楽しむ家族や海外からの観光客、そしてコスプレイヤーさん達で賑わっていた。(どうやらイベントがあったらしい。)

やっぱりお城と桜の相性って最高だと思う。足を伸ばした甲斐があった。

久しぶりにのんびりとした時間を過ごすことができた一日だった。

お弁当生活再び

今週から中学校生活がスタート。入学式当日は、就学通知書が見当たらず大騒ぎしたり(市役所窓口に駆け込んで再発行してもらった)、校門入り口で写真撮ろうとしてiPhone落として画面割ったり(「スマホの画面が割れまーしたー」と打首さんの曲が頭の中で流れた)、ドタバタしたが…ひとまず無事に新生活は始まり一安心。

中学校生活と同時にななちのお弁当生活もスタート。今までも夫のお弁当は作っていたが、基本的に「前日のおかずを詰めるだけ」手法だったので、そんなに負荷はなかった。しかしこれからは大人二人分作ることになるので、お弁当用のおかずの作り置きと朝にさっと作れるスピードメニューの導入が必要だ。そんな訳で久しぶりにお弁当のレシピ本を買ってみた。

素材別、色別でおかずを選ぶことができるのが便利だ。また男子用&女の子用のお弁当の実例集(1ヶ月分)なども載っているので、おかずの組み合わせ方の参考にもなる。今日から少しずつレパートリーを増やしていこうと思う。

新元号

5月から始まる新元号は「令和(れいわ/Reiwa)」に決まった。家族でやっていた新元号イニシャルトトカルチョ(夫:Z、私:Y、ななち:N)は残念ながら全員外れだ。ラ行(R)だけは無いだろうと思っていたのでびっくりしたが、由来が梅の和歌というのは好ましいと思った。上に向かって咲く梅の花は、見ているだけで前向きになれる。日本もそんな風になっていってくれればいいと思う。

それにしても、自分の人生の中で二回も元号が変わるとは思わなかった。

前回の新元号は、車のラジオで聞いた。父の海外赴任が決まり、しばらく会えなくなるので家族旅行をしようと出かけた日だった。富士急ハイランドでスケートをする予定だったのに、着いてみたら臨時休業で仕方なくその辺りで雪遊びをして帰った記憶がある。

そして今回の新元号は、父の命日の翌々日に、この春中学生になる娘と二人でスマホ片手にテレビで見た。

30年という年月で私の周りの環境はこんなにも変わった。次の30年は迎えられない可能性もある事を考えると、やはり一日一日を大切に過ごさなくてはならないなと思う。

中吉!

今日は初詣に出かけた。天気も良く、神社も初詣のピークを過ぎていたのでそんなに混んでもなく、ゆっくり参拝できた。

毎年恒例のおみくじ。今年は中吉が出た。ずっと末吉続きだったので、嬉しい。ここのおみくじは和歌で運勢を詠みあげてくれるのが素敵だ。

風水とか占いといったスピリチュアル系は基本的に信じていないのだが、年始のおみくじだけはなんとなく気にしてしまう。気にするくらいならやらなきゃいいのだろうが、ついついひいてしまう。何故だろう。

予測できない未来に人は不安を感じ、その不安を解消してくれるような強い導きを求める。そうした心理が占いや信仰、思想などを生み出し、支えている。冷ややかにそう思いながらも、中吉おみくじは大切に財布にしまう私…。