卒業

この春、ななちは小学校を卒業した。過ぎてしまえばあっという間だった6年間。入学の時には亀の甲羅のように大きく感じたランドセルが、今ではだいぶ小さく感じる。顔立ちの方は友達にも「全然変わらないな!」と言われてしまうくらい相変わらず丸くて幼いままだが、背はぐんと伸びたし、精神面もかなり大人になった。

自信に満ちたはっきりとした声で述べられる卒業の言葉や、少し大人っぽくなってきた歌声を聴くと、早かったとはいえ色々あった6年間のことが思い出されてうるうるとしてしまった。「泣ける要素あった?」と夫は不思議そうだったが、それはななちの小学校生活にあまり関わりがなかったせいなのだと思う。(年取って私の涙腺が弱くなったというのも少しはあるかもしれない。)

ありがたいことにいじめなどはなかったが、それでも友達関係などで悩むことはあった。愚痴を聞いたり、どうしたら良いかを一緒に考えたりはしたが、ななちが主体となって問題解決するよう、私は寄り添って見守る姿勢を保つようにした。はっきり言ってもどかしい時も多々あったが、ななちの人間関係に大人の私がズカズカと入っていくのは良くないことに思えたのだ。ただ「ママは絶対的にななちの味方であること」「学校の人間関係だけが全てではないこと」の二点はしっかりと伝えるようにした。

社会生活を送るためには気の合う人だけでなく、全く価値観の異なる人やつかみどころのない人、なんとなく苦手な人など、色々な人と付き合う必要がある。意見が合わないこともあるだろうし、感情的に嫌悪することもあるだろう。そうした時に、どのように自分の意見を伝えていけばよいのか、どうやって相手と関係を築いていけばよいのか…。それをななちは小学校の友達づきあいの中で学んだし、これからの中学校生活でも更に学んでいくと思う。

中学校に入れば更にななちの人間関係は広がり、親の私には見えにくい部分も増えてくると思う。心配でないと言えば嘘になるが、ななちを信じ、ななちの判断を尊重していきたいと思う。未来永劫ママはななちの味方であるし、困った時にはいつでも相談してくれれば良い。それだけは引き続きしっかり伝えていきたいと思う。

小学校の卒業は、親にとっては「お世話のステージ」からの卒業なのかもしれない。これからは「見守りのステージ」に入り、先回りや手出し&口出しは控えてサポートに徹しようと思う。

そんな訳で、子育てが終わった訳ではないですが、このブログの「子育て」カテゴリは、この記事を最後にしようと思います。
今までご愛読いただき、ありがとうございました。

まめな更新が必要

ななちの中学校用のジャージを注文しにでかけた。ジャージだし、とりあえず標準サイズを注文しておけばいいだろうと思い単身で行ったら、背丈・身幅ともに色々なサイズがあるので試着し、今後の成長具合などを予測しながら選んだ方がよいと言われた。

そんな訳でななちを連れて出直したところ、ジャージの上はLサイズ、下は2Lサイズ、体育館ばきは24.5センチを買うことになった。私が思っていたよりも全てワンサイズ上だった。やはり試着してよかった。

玄関に並んだななちのローファーと私のパンプスを見ては、ああこのサイズなんだよな…と思うのだが、自分よりもななちの足のサイズが大きいと言う事が未だに信じられない。

最近のななちの成長スピードが早すぎて、自分の中のななちのイメージと実際の大きさにずれが生じがち…というのは日々感じていたが、思っている以上にずれているようだ。

ずれといえば、夏休みにななちと母と3人で出かけた時に「あら?ななちゃんはどこ?ついてきている?」と母が足元をキョロキョロしていた。「いや、さっきからお母さんの後ろにずーんと立っている大きいのがななちゃんだけど…。」と言って3人で笑った。

母の中では、未だに足元でちょこまか動いているななちのイメージが強いようだ。しょっちゅう会っているし、自分より大きくなったことも十分自覚しているはずなのに、無意識にふと思い描く姿は、小さな手をひいいていた、あの頃のイメージのままなのだろう。

夫にもそいういうところがある。休みの日に出かけてランチをする時、食事を大人3名分注文すると「え?そんなに食べられる?」といつも心配し、ななちが一人前を余裕で食べきるのをみる度に「ああ、そうだったよな…。」と納得する。でもやっぱり次に行く時も同じ心配をする。

親にとってはいつまでも小さい子供だが、子供は親が思っている以上のスピードで体も心も成長している。

意識して私の中の「ななち像」を更新していかないといけないなと思う。

エンボススタンプで年賀状

4年になったくらいから、自分の友達には年賀状を自作して送るようになったななち。今年はエンボススタンプに挑戦してみたいというので二人でやってみた。

作り方はお祭りの屋台でみる落書きせんべいみたいな感じ。必要なものはハンコと、エンボスパウダーと、専用のエンボスインクパッド

1.ハンコをエンボスインクパッドにつけ、年賀状に押す。これがエンボスパウダーをくっつけるノリみたいな役割を果たす。

2.その文字を覆うように、上からエンボスパウダーをふりかける。

3.葉書を振りながら、不要なパウダーを優しく落としていく。

余計なパウダーが落ち、文字の部分にのみパウダーが残った状態に。この時はまだパウダーがのっているだけなので、触るとすぐにとれてしまう。うっかり指などで触らないように注意が必要。

4.加熱し、パウダーを溶かしてくっつける。パウダーを溶かす最適な温度は120℃なので、ドライヤーでは溶かすことができない。専用のエンボスヒーターを使うか、加熱したオーブンで3〜5秒ほど炙る。(火傷に注意!)

5.パウダーが溶けると、光沢が出てぷっくり盛り上がった感じになる。(お正月の箸袋みたいな感じ。)冷まして乾いたら完成!

簡単にオシャレな年賀状ができるのでおススメ。しっかり乾かした後なら、プリンタで宛名印刷もできる。私も来年は文字部分だけやってみようかな…。

ピアノ発表会(6年)

昨日は小学校最後のピアノの発表会だった。今年も友達と連弾にチャレンジ。選んだ曲は「前前前世」だ。二人の息もぴったりで、最高の演奏ができた。小さい時から兄弟のように仲良く過ごしてきた男の子。思春期に入ると周囲の目もあり、今までのような付き合いはしにくくなるかもしれないが、幼馴染として良い関係を保っていってくれればと思う。

個人曲は「トルコ行進曲」と東方Projectの「平安のエイリアン」を演奏。去年はベートーベンの「トルコ行進曲」で、今年はモーツアルトの「トルコ行進曲」。良く知っているクラッシックで、ななちのレベルで弾けるもの…と選んだ結果、二年連続でトルコ行進曲となってしまった。同じテーマでも作曲家が違うとこんなに雰囲気が違うんだねとか、どっちもマーチって感じはしないよね、というような話をした。

「平安のエイリアン」は、ななちが自分で弾きたいと選んだ曲だ。ゲームの音楽なので、早い上に音の移動も多くて難しい曲だったが、一生懸命練習していた。

どちらの曲も完璧な仕上がりとは言えなかったが、精一杯演奏したことは伝わった。ななちなりによく頑張ったと思う。

ピアノ上達のためには、うまく弾けない部分を何十回も繰り返し練習するというストイックな姿勢が必要だが、ななちはそれが苦手だった。できないところはさらっとごまかし、流しの練習ばかりする。ふんわり曲として仕上がっていれば満足するタイプなのだ。

作曲家の意思を尊重し、きっちり弾きたい派の私としてはその点が非常に不満で、自宅練習ではできないところを何度も練習するよう指導してきたが、あまり身にはつかなかった。むしろ「ママができることだとダメ出しが厳しいから中学で吹奏楽部に入ってもトランペットとホルンはやらない」と言い出すなど、よくない方向に転がっていったので、今回の発表会を最後に、色々口出しするのをやめようと思った。来年以降、ピアノを続けるかどうかもななちの判断に任せる。

これから先の部活動等の中で、上達のためには面白くない地道な練習が必要になるということに気づくかもしれないし、あるいはそうした努力をせずにうまいこと切り抜けていく術を身につけていくかもしれない。好きなことには一生懸命に取り組む性格なのは確かなので、やりたい事を見つけて、自分のスタイルでそれを磨いていってくれればと思う。

運動会(6年生)

昨日はななちの運動会だった。元々は先週の土曜に開催される予定だったのだが、台風のせいで延期になってしまったのである。小学校最後の運動会ということで、土曜日には母だけでなく、弟一家も朝から駆けつけてくれた。お弁当もななちが好きなものを全て詰め込んだスペシャルパージョンで用意した。

しかし、準備体操が終わったところで雨が本降りになり始め、続行は難しい…とうことで急遽中止となった。そんな訳で土曜日は我が家でお弁当パーティーを開催したのち解散。まあ、それはそれで楽しかったのだが、運動会は台風が完全に過ぎ去るのを待つため、火曜日に延期となってしまった。

平日開催となってしまったため、弟家族は来ることができなくなり、夫もよりによって出張と重なってしまったため会社を休むことができず、最後の運動会は母と私の二人で見届けることとなった。(6年間毎年欠かさず、お稲荷さんを持って応援に来てくれた母には感謝の気持ちで一杯だ。)

今回の目玉種目は、去年の秋から一年がかりで練習してきた鼓笛隊のパレードである。1年生の時の初めての運動会で、6年生が披露した鼓笛隊の演奏に家族みんなで感動した。初めて鼓笛隊の演奏を見た父は「6年後はななちゃんも演奏するのかー。トランペットがいいな!いや、でも太鼓もかっこいいかなあ…!」などと言っており、以来毎年運動会にやってきては「やっぱり太鼓かな」「トランペットも捨てがたいな」と、その日が来るのを本当に心待ちにしていた。

ななちは1年生の時から「赤い太鼓(小太鼓)やりたいー」と決意が硬く、5年のオーディションの時も「トランペットならママが教えてあげられるよ」という甘言にも流されず、一番競争率が高い小太鼓を選んだ。譜面が配られてからは、毎日一生懸命タタコンを菜箸で叩いて練習していた。その成果があり、無事オーディションに合格。念願の小太鼓パートを獲得した。それから1年間、運動会でのたった一回の本番に向けて、音楽の時間はもちろん、休み時間もつぶして練習し続けた。

こだわりや競争心が無いため「絶対にやりたい」という強い意志の下、必死に取り組むということがあまりなかったななち。そんなななちが、初めて自分から「やりたい!」と思い、それに向けて頑張るという経験をしたのが、この鼓笛隊の小太鼓だった。いつになく、凛とした表情で演奏するななちを見つめながら「本当に頑張ったね!」と脳内でくるくる抱っこ3回転半をしてあげた。(リアルでは重くてもう無理。)

ななちの晴れ姿と素晴らしい演奏は、天の父にもきっと届いているだろう。「やっぱり小太鼓かっこいいな!」なんて喜んでいるに違いない。

そして夫にも、現代科学の力をもって届けることができた。会社から電話をかけてきてくれたので、そのままビデオ通話で様子を中継してあげたのである。ななちに話すと「リアルタイムで見てもらえたんだ!嬉しい!」と、とても喜んでいた。あとは出張のお土産にじゃがポックルと大平原を買ってきてもらえれば大満足することだろう。

1年生から6年生までが一堂に会する運動会。初めて見た時に「子供って6年間でこんなに大きくなっちゃうの?」とびっくりしたのを覚えている。いつの間にやら6年という時間が流れ、ななちも「こんなに大きくなっちゃうの?」と言われる側になってしまった。各学年の競技やダンスを見ながら、その当時のななちの姿を思い出した。

すイエんサーの技を使ってたくさんの球を入れると頑張った1年の運動会。

隊形移動のあるダンスに成長を感じた2年の運動会。

綱引きの太い縄を必死に引っ張っていた3年の運動会。

よさこいダンスで足が筋肉痛になると騒いでいた4年の運動会。

砂が痛い!と言いながら組体操で土台として頑張ってた5年の運動会。

そして鼓笛隊パレードを披露してくれた6年の運動会。

過ぎてしまえばあっという間の6年間だった。

夜は二人で打ち上げ。1年間頑張って鼓笛隊の練習をしたごほうびと、小学校6年間、元気に運動会に参加することができたお祝いとして、奮発してお刺身盛り合わせをご馳走してあげた。もちろん夫にも画像でお届けしてあげた。

修学旅行

新学期スタート二週間目にして、早くも今学期最大のイベントが行われた。日光への修学旅行である。同じ市内の小学校3校合同で、特別列車を貸切り日光へ向かう。4時間の電車の旅だったらしいが、トランプをやったり、お弁当やお菓子を食べたりして楽しく過ごせたようだ。

初日は班行動で日光江戸村を散策、翌日に華厳の滝と東照宮を見学というスケジュール。夜は定番の恋バナ大会が開催されたらしいが、持ちネタのないななちは、

彼と出会ったのは公園の池
私が落とした一粒のボーロを
パクパクと嬉しそうに食べていたの

という鯉バナを披露し、乗り切ったとのこと。(わりとウケたらしい。)

総じてとても楽しい旅行だったようだが、両日共に早起きだったのと、多少の気疲れもあったようでぐったりとした顔で帰って来た。お土産は見事に食べ物ばかり。記念品とか小物とか全く興味がなかったようだ。でもどれも美味しかった。さすがななち。

修学旅行の夜はななちがいないので、久しぶりに二人きりで楽しもうと夫が半休をとってディナーに誘ってくれた。それだけでも嬉しかったのだが、スペシャルデザートまでサプライズプレゼントしてもらい、現在夫の株はトップ高。

新学期、学校が辛いなら本を読もう

新学期が始まった。夏休みが終わることを嘆き、学校へ行きたくないとぼやいていたななちだが、始まってしまえばそんな事も忘れて、毎日楽しそうに通っている。

しかし、新学期が本当に苦痛で、いっそのこと死んでしまいたいと悩んでいる子もいると思う。数年前の9月1日に、鎌倉市の図書館が「死ぬほどつらい子は学校を休んで図書館へいらっしゃい」というツイートをして話題になった。賛否両論あったようだが、個人的にはとても良いメッセージだと思った。

体や心を壊してまで、学校に通う必要はないと思う。死にたいと思ってしまうほどに追い詰められているのなら、とりあえず一旦そこから離れた方が良い。自分を守るために、逃げる勇気を持つことも大切だ。かのジョセフ・ジョースターもたったひとつの、とっておきの策として「逃げるんだよォ!」を提唱している。

小中高生の頃は、学校生活が世界の全てで、そこでの失敗は人生の失敗だと思い込みがちだ。LINEの普及によって、学校での人間関係が学校外の時間にも深く入り込んできてしまったことにより、その傾向は更に強まってしまったような気がする。

学校なんて、社会の中のほんの小さなコミュニティに過ぎないのだから、そこに馴染めないからと言って落ち込むことはない。学校での交友関係や立ち位置が生涯続く訳でもないのだから、そこにしがみつく必要もない。

しかしどんなに言葉を尽くしたところで、今、この瞬間に追い詰められている子には伝わらないだろう。子供が、自分自身で気づくことが必要だ。世界の広さ、価値観の多様性、人との関わり方や自己分析の大切さ、そうしたものを押し付けがましくなく教えてくれるのはやはり本だと思う。

気が遠くなるくらい遠い昔の時代から、人々は自分の思想や主張、苦悩や希望、そして想いを本に綴っている。そうしたものにたくさん触れることで、自然に視野も広がり、感性も豊かになっていくだろう。

だから、学校がどうしようもなく苦痛であるなら、図書館、あるいはブックカフェに行って、目についた本を手当たり次第に読んでみてと伝えたい。先人たちの遺した膨大な書籍の中には、きっとあなたの悩みや不安、言葉にできない感情を癒してくれるものがあるはずだから。

今年はバーガーあひるちゃん

今日は友達親子と、よみうりランドのプールWAIへ出かけた。もちろん、今回もあひるちゃんレースに参加。10周年を迎える今年のあひるちゃんは、バーガーあひるちゃんだった。

ラッキーな事に、参加あひるちゃん購入ガラガラで、ななちもお友達も、レアなカラーあひるちゃんを引き当てた。4年間レースに参加してきたが、カラーあひるちゃんが出たのは初めてだ。

我が家は紫バーガーあひる

お友達はピンクのバーガーあひる

いざ、レース参戦。流れるプールにあひるちゃんが解き放たれた。今年は300羽ほどのあひるちゃんが参加したらしい。

あひるちゃんレース10周年を祝い今年は上位10位まで賞品が出たのだが、これまたラッキーな事に、私のあひるちゃんが5位入賞した。プール内のお店で使えるドリンク券をゲット。

今日は恐ろしいほどついていたね…なんて友達と話しながら、プールの後にマイUFOを作りに行ったら、またまたラッキーな事に、私は夏限定のスイカパッケージを、友達はハイビスカスパッケージを引き当てた。

今年の運を全部使い尽くしてしまったのではないかと思うくらい、ラッキーな一日だった。

こんな風に親子でワイワイプールに行くのも小学生くらいまでだろうから、おそらく今年が最後になるだろう。有終の美を飾るにふさわしい、とても幸せで楽しい一日となった。

歴代のあひるちゃん達。
2014年:ちょいフラあひる
2015年:ちょいデニムあひる
2016年:オリンピックあひる(名前忘れた)
2017年:ちょいイケあひる
2018年:わい2バーガーあひる

ヘボコン再び

今日はこれまた毎年恒例となっているMaker Faire Tokyo へ出かけた。

今年もななちはヘボコンにチャレンジ。昨年の猪突猛進型ロボ「ブタフライ」での初戦敗退の雪辱を果たすため、今回は制御機能のついたロボを制作した。

ベースにしたのはタミヤの6本足ロボ「リモコン インセクト」。完全自力で1時間ほどで作り上げていて成長を感じた。

会場には様々な材料が用意されているので、それらを使用してロボを強化(?)していく。

今回はキャタピラを使用した重量系のロボが多かったので、その対策としてラケットをくっつけていた。

また、今回のステージが「和」と言うことだったので、苔に見立てたスポンジと日の丸をあしらっていた。

さらにギミック(と言える代物ではないが…)として、桜に見立てた梱包材を搭載。これを散らして相手の足元を悪くすると言う作戦らしい。

ロボ完成。名前は「花咲ロボット〜和〜」。

いざ対戦。よりによって相手は巨大なカゴに両面テープを装備した重量系キャタピラタイプ。全く勝ち目がなさそうだが、制御できない猪突猛進タイプなのでうまく避ければ自滅が狙えるかもしれない。

しかし、残念ながらやはり巨大なカゴには勝てず押し負けてしまった。

でも桜を散らして会場を沸かすことができたのでななち的には満足のようだった。昨年と同じ初戦敗退ではあるが、確実に成長はしていると感じた。

会場には今年もたくさんのユニークな発明品がならんでいた。

お薬の時間を愉快にお知らせしてくれるマシーン

エアコンをベースに作られた琴

スマホの、カメラ機能を使って顔の表情を読み取り全面のタブレットに反映する被り物

電球型光るオブジェ

閃きを自力で形にできてしまう人がこんなにたくさんいる事に、ただただ驚嘆。

引き継ぎ

今日は地元の花火大会へ出かけた。ななちの浴衣が小さくなってしまったので、試しに私のを着付けてもらったところ、私より似合っていてサイズもぴったりだったのでななちに譲ることにした。

大学時代、当時付き合っていた夫と花火大会に行くからと母に見立ててもらった浴衣なので、年数的にはだいぶ歴史がある。しかし、1年に1回着るか、着ないかといった感じなので綺麗だし、柄も流行り廃りのない古典柄なのでまだまだ活躍してもらえそうだ。こんな風に親子で引き継ぎができる、というのは和服の魅力だと思う。

私の方は20年ぶりに浴衣を新調。今回も母に見立ててもらい、紫の浴衣に白い帯を合わせた。若い頃には考えられないような色&柄だったが…年齢によって似合う色って変わってくるのだなあと感じた。

夫も褒めてくれたが、白い帯に食べこぼしのシミをつけないかと心配だったらしく、焼き鳥やフランクフルトを食べようとする度に「そんなにタレのついてるの食べて大丈夫?」「ケチャップ気をつけて!」「手についてない?」などとこまめに注意喚起され…いつも私に小言を言われるななちの気持ちがちょっとわかった。

後ろ姿の写真を見ると、二人の帯の位置がだいぶ近くなっていることに気がついた。来年くらいには並んでいるかもしれない。