『タイムマシンでは、行けない明日』(集英社)
気がつけばもう7月。新型コロナのおかげで大したイベントもないまま、2021年も半分終わってしまった。夏が来たけどこの感じでは今年も海にもプールにも行けないだろう。新型コロナのなかった世界に戻りたい…という訳で、タイムトラベル系SFをご紹介。
畑野智美さんの『タイムマシンでは、行けない明日』。タイトルと表紙に惹かれて買ったジャケ買い本である。この物語は『ふたつの星とタイムマシン』というSF短編集のアナザーストーリーとして書かれたものらしい。(そのうちそちらも読んでみようと思う。)ちなみに装画はキングコングの西野さんのもの。わさビーフのイメージしかなかったのでこんな絵を描くのかと、少しびくりした。
丹羽光二には忘れられない人がいた。高校生の同級生であり、初恋の相手でもあった長谷川葵。彼女は一緒にロケットの打ち上げを見に行く約束をしたその日に、光二の目の前で暴走車に轢かれて死んでしまった。「ロケット飛ばして、金星まで会いに来て!」という言葉を残して。
辛い思い出から逃れるように地元を飛び出し東北の大学へ進学した光二は、同じ研究室の先輩からタイムマシンの存在を打ち明けられる。光二はタイムマシンを使って事故のあった日に戻り、長谷川葵を救うことに成功するが、その代償は大きなものだった。彼女の代わりにその時代の自分が事故にあって死んでしまったのである。その時代の自分が死んだことにより、光二は元いた世界(=光二が生きている未来の世界)に戻ることができなくなってしまった。
帰る術を失った光二は、タイムマシンの開発者である伊神教授の元に身を寄せ「平沼昇一」として新たな生活を始める。9年の歳月が流れ、新しい世界での暮らしにも慣れてきた頃、彼は大人になった長谷川葵と年老いた父親と再会する。タイムマシンを使ったことにより人生が大きく変わってしまったのは自分だけではなかったと気がついた時、光二は自分が犯した罪の大きさと罰の重さを理解する。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や以前紹介した『夏への扉』など、ひと昔前のタイムトラベル作品は明るいストーリーでハッピーエンドを迎えるものが多かった。科学技術が発達すればなんでもできるようになるし、もっと幸せになれると信じられていた高度経済成長期。社会が豊かで明るく、未来への希望に満ちていた当時の世相を反映しているのだと思う。
一方、『タイムマシンでは、行けない明日』には、タイムトラベルへの憧れを喚起するような要素はあまりない。科学技術は万能ではない上、人類に不幸をもたらす場合もあることを私たちは知ってしまった。そんな現代において、タイムトラベルは夢や希望だけで語れるものではなくなってしまったのかもしれない。
この物語の中ではタイムマシンはあらゆる問題を解決をしてくれる夢のマシンではなく、時間を移動するためのツールにすぎない。光二は自分の意志でそのツールを使い、過去改変を行った。その代償は大きかったものの、光二は自分の心を救うことができたし、その選択をした自分自身を受け入れることによって、再び未来へ向かって歩み始めることができるようになった。
自分の選んだ道が最良のものであったのか。他にもっといい道があったのではないか。誰しも迷ったり不安になったりするものだと思うが、その答えば自分自身でしか出すことができない。選んだ道が望まぬ結果を招いたとしても、自分で選んだ道であれば、時間はかかるかもしれないがいずれその結果を受け入れることができるだろう。そして結果を受け入れることができれば、また新たな道を歩み始めることができるはずだ。
大切なのは進む道は自分自身で選択し、その道を選択した自分自身を受け入れること。そんなメッセージを感じる一冊だった。
2021.7.7投稿