『珈琲城のキネマと事件』(光文社文庫)
このところ諸々忙しくて買ったのに読めていない本がたまっていたのだが、この連休でようやく読み進めることができた。そんな訳で久しぶりの書評。今回は井上雅彦さんのミステリ短編集『珈琲城のキネマと事件』だ。
この本は昨年末、店頭でタイトルと表紙に惹かれて買った。いわゆるジャケ買いだ。井上さんはホラー作家のイメージがあったのだが、デビューはショート・ショートらしい。しかも日本におけるショート・ショートの第一人者、星新一さんをリスペクトして著作活動を始められたとのこと。ちょうど2年前くらいに星新一さんのショート・ショート集『ボッコちゃん』も紹介したのでよかったらそちらもぜひ。
先輩捜査官から引き継いだ奇妙な事件「狼男による殺人」の謎について考えあぐねていた晴夫は、昔馴染みの雑誌記者、秋乃に連れられ都内某所にひっそりと佇む洋館を訪れる。そこには迷宮入りした事件の謎を解くのに適した「専門家」がいるという。鬱蒼と蔦の絡まるその西洋館の名前は「喫茶 薔薇の蕾」、美味な珈琲と映画、そして謎解きを楽しむ常連が集う古式ゆかしい喫茶店であった。
奇妙で不思議な事件の謎を、民俗学者、俳優、医者、芸人など匿名の専門家達が、それぞれの分野の知識を出し合いながら解き明かしていく連作ミステリ。「狼が殺した」「櫻屋敷の窓からは」「赤い警官と未来の廃墟」「艶やかな骸骨のドレス」「蝙蝠耳と昭和のスマホ」という5つの短編から構成されており、いずれも90年代の名作映画と絡めて謎解きを行っている。映画好きな人であればより深く楽しめるかもしれない。
また全話通してホラー感が漂っている。舞台となる「喫茶 薔薇の蕾」もすでに名前から秘密クラブ的な怪しさを醸し出しているし、ストーリーのキーワードも狼男だったり蝋人形だったりと不気味なものが多い。3話に登場する「赤いおまわりさん」などは、怪談のタイトルになりそうなくらい奇怪な感じがする。
事件というより怪異に近い奇妙な謎。そこに潜むトリックを、個性豊かな専門家達がああでもない、こうでもないと会話しながら明らかにしていく。その過程を一緒にそこで聞いているような気分になる本だった。周囲の人の会話をBGMに一人でコーヒーを飲むのが好きな私にとって、この本は「超ツボ」だった。ミステリとしてトリックがすごく面白いというよりも、作品全体に漂うレトロでホラーな雰囲気がとてもよい。ジャケ買いは成功率が高いが、今回も大当たりだった。
2021.5.7投稿