絵本レビューとWwbと…

野崎まど

『HELLO WORLD』(集英社文庫)

私は一度ハマるとその作家さんの作品を一気読みしてしまう癖がある。この夏は『タイタン』をきっかけに野﨑まどさんにハマった。その都度レビューを書こうと思いつつも、他の作品も読みたいという欲求に負け、とりあえず一通り読破するまで…と先延ばしにしていたら9月を過ぎてしまった。ようやく一通り読み終わったので、ぼちぼちレビューをあげていこうと思う。そんなわけで今回は『HELLO WORLD』。野﨑まどさんが脚本を担当したアニメーション映画(2019年の秋に公開)の小説版である。

本好きで内気な男子高校生「堅書直実」は、図書館からの帰り道に未来から来た自分だという男「ナオミ」に遭遇する。ナオミは直実が暮らす世界は無限の記憶領域を持つ量子記憶装置『アルタラ』上に復元された「過去の世界」であることを告げ、そこに記録された悲劇の記録(-恋人である瑠璃の事故死-)を改竄するのに手を貸してほしいと懇願する。不審な人物からの荒唐無稽な依頼に戸惑う直実だったが、ナオミの恋人に対する深い想いに動かされ力を貸すことにする。

とりあえず直実は瑠璃と恋人になるべく、ナオミの持つ『最強マニュアル』を片手に彼女との交流を深めていく。失敗を怖れ、可能な限り冒険を避けて生きてきた直実にとって、とるべき正しい行動を示して正解の未来へと導いてくれる『最強マニュアル』は福音であった。上手くいくことが確約されているのであれば積極的に行動できるからだ。

首尾よく瑠璃と懇意になってきた直実だが、とある事件でひどく悲しみ落ち込んでしまった瑠璃を救おうと『最強マニュアル』から外れた行動を取る。直実は瑠璃のために、自分が最も苦手とすること…つまり予測が不可能で失敗する可能性の高い「冒険」を選択したのだった。完全な複製であるはずの記録世界がデータの改竄によって複製品ではなくなった時、その世界は「リカバリー」のために動き出す。

映画の小説版であるためか、今までに読んだ『タイタン』『バビロン』と比べると簡易でわかりやすい、ザ・SF青春ラブストーリーといった内容だった。もう30歳ほど若ければ、恋を通して精神的な成長を果たしていく少年や、恋人を一途に想い続ける青年に胸キュンしたかもしれない。SFと言うには軽めだが、かと言ってラノベと言うほど軽くもない。野﨑まどさんの作品は既存のカテゴリーに分類するのは難しいような気がする。

世界観はマトリックスや電脳コイルに似ていると評されることが多いようだが、「現実」と「記録世界」という二つの世界が並行ではなく、入れ子になっているという点を見ると鈴木光司氏のホラー『リング』シリーズの完結編『ループ』が一番近いのではないかなと感じた。

現実世界の完全な複製である「記録世界」の住人は、その世界で生きている限り外部にある「本当の現実の世界」を認識することはできない。それがデータでできた人工的なものであろうとも、その世界で暮らす人々にとってはその目を通して見て、その手を通して感じられる「記録世界」こそが現実である。

そうした意味では現実はとても主観的なものだと言える。だとすると、自分が現実だと認識しているこの世界が、全ての人にとっても同じく現実であるとは言えないのではないか?この物語のアクロバットな結末は、客観的現実の有無について私たちに問いかけているのかもしれない。

2020.9.5投稿

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