『[映]アムリタ』(メディアワークス文庫)
今月最後の書評は、野﨑まどさんのデビュー作である『[映]アムリタ』。一番最初に読んだのが最新作の『タイタン』であったので、作品を遡って読んだことになる。
読み始めた時の印象は「軽ッ!」だった。ストーリーは一人称視点で語られ、ページの多くの部分が登場人物のノリ・ツッコミの会話で占められている。久しぶりに読むライトノベルズ特有の文体で「軽くてガンガン読めちゃう〜」と読み進めていったところ、最後の最後に不意打ちを食らった。例えるならば、クリオネを「妖精みたいでかわいい〜」と眺めていたらその凶悪な捕食シーンを見てゾッとした感じ。軽そうに見えて根底にあるテーマは深い。さすが野﨑まどさんのデビュー作だと思った。
あまり深堀りするとネタバレになってしまうので避けるが、「人間にとって死はどこからか」について考えさせられる作品だった。肉体が同一であってもそこに宿る精神が全く別なものに変わってしまった場合、それは同じ人であるということができるのか。人格を別の他人のものと差し替えた場合「生きている」のは肉体の持ち主なのか、人格の持ち主なのか。これはシリーズ作品の『死なない生徒殺人事件』でも描かれているテーマである。「あなたの死はどこから?」天才少女にそう問いかけられたような読後感。ラブコメ&ミステリの皮を被ったサイコホラー作品だった。
『[映]アムリタ』は単体でも楽しめるが、作品としては『舞面真面とお面の女』、『死なない生徒殺人事件』、『小説家の作り方』、『パーフェクトフレンド』、『2』で構成される6連作となっている。それぞれの作品は独立していてつながりがないように思えるが、『2』で全ての作品がリンクする。そんな訳でシリーズ5作もさらっとご紹介。
『舞面真面とお面の女』
一代で巨万の富を築いた舞面彼面が残した不思議な遺言状。曾孫にあたる舞面真面はその遺言状の解読に取り組む中で不思議な「面」をつけた少女と出会う。少女に「本当の気持ちに、仮面をかぶせてせて生きている」と指摘された真面は、自分の本質に向き合う中で遺言解読の手がかりを見出していく。ミステリ風だが個人的にはこれはファンタジーだと思う。
『死なない生徒殺人事件』
私立藤凰学園の生物教師として勤務することになった伊藤は永遠の命を持っていると自称する生徒、識別組子と出会う。識別のいう「不死」とはどういうことなのかを解き明かそうと試みる中、不死であるはずの彼女は何者かによって殺害されてしまう。識別を殺害したのは誰か、そして識別の言う「不死」とは何だったのかに迫る学園ミステリ。最後のオチはなんだそりゃ?という感じだったが、「不死」のカラクリを紐解いていく中で展開される「生命」の定義は面白かった。
『小説家の作り方』
駆け出し作家の物実の元に届いた初めてのファンレター。送り主は紫依代と名乗る若い女性。彼女は「この世で一番面白い小説」のアイディアを思いついたので、小説の書き方を教えて欲しいという。紫の熱意に押されて小説を教えることになった物実だったが、いつしか彼女との小説教室の時間を楽しむようになっていた。そんなある日、紫の家族を名乗る一人の女性が現れ、事態は急展開する。ミステリ要素とラブコメ要素がいいバランスでミックスしているザ・ライトノベルズといった作品。読み終わってみると、タイトルが「なり方」ではなく「作り方」である理由がわかる。
『パーフェクトフレンド』
他人に無関心な天才少女さなかが同級生の理桜との交流を通し、友達とは何かを理解する学園ストーリー。「友達」は人類の効率を向上させるためのシステムの一つであり、友情関係は全て論理的に説明可能なものであると結論づけたさなかだったが、友達を失うことによりそれが個人の気持ちと深く結びついたものであることを知る。後半に出てくる「魔法使い」のトリックの説明が若干強引では思ったが、最後の最後に「彼女」が出てきて、それならなんでもありかな?!と納得する。
『2』
日本一の劇団「パンドラ」を壊滅に追い込んだ一人の女性。彼女は役者を夢見る数多一人を自身の映画制作に誘う。創作の到達点を目指した彼女が作り上げた映画の正体とは…。『[映]アムリタ』の続編であり、本シリーズの最終章。先の5作の登場人物が総出演し、それぞれがストーリーのキーを握っている。むしろ、この『2』を書くために奇抜な人物が登場する前5作を書いたのではないかと思われるくらいだ。他の作品は単品でも楽しめるがこれだけは、ぜひ前作5作を読破してから読んでもらいたい。
夏に読んだタイタンを皮切りに、野﨑まどさんにハマった半年だった。ミステリ、SF、サイコホラーの技法をを織り交ぜながら「善とはなにか」「生とはなにか」を問う哲学思索を行っている。今まであまり読んだことのないタイプの作品に出会えて充実した時間を過ごすことができた。
2020.11.24投稿