眼鏡が気になる

ななちが生まれる前からずっと気になっていたことがあった。
「果たして赤ちゃんは眼鏡の時の私とコンタクトの時の私が同一人物だと認識してくれるのだろうか。」
という問題だ。

ひよこは生まれて初めて見たものを親と認識するという。ならば、人間の赤ちゃんはどうなんだろうか。
生まれた瞬間に目にしたのが、眼鏡をかけた私の顔だった場合、その顔を「ママ」と記憶してしまい、眼鏡をかけていない時はママじゃない!と泣いてしまったりするんじゃないだろうか…。

じゃあ、出産の時は眼鏡じゃなくてコンタクトの方がいいのだろうか?そんなことを真剣に悩んでいた。
しかし、そんな悩みは杞憂だったようだ。ちゃんとどちらの顔でも「ママ」だと認識してくれている。最近は、眼鏡が顔の一部ではない、ということもわかってきたようだ。抱っこをしているとしきりに眼鏡に手を伸ばし、掴んで外してしまう。そして、

「にやーり」

と笑みを浮かべる。「もーう。」と困った顔をするのが楽しいのだろうか。そんな訳でななちを寝かしつけ終わった後の私の眼鏡には、小さな指紋がぷちぷちといっぱいついている。

こんな小さくても、指紋ってあるんだなあ、とちょっと感動しながら明日に備えてレンズを磨く…。

今ふと新たな疑問が浮かび上がってきた。
眼鏡は顔の一部じゃないと認識できるらしい。帽子も多分わかっている。じゃあ、フルフェイスのマスクや着ぐるみだった場合はどうなんだろう。

生まれた瞬間からずっと熊の着ぐるみをきて子育てをしていた場合、着ぐるみを脱いだら親だと認識されないのだろうか。同じ着ぐるみなら、中身が違う人間でも親だと認識するのだろうか。
…気になる。でも、そんな実験している人、いないだろうなあ。