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別れの春

今日は父の命日だ。3年前の今日、父は一人で静かに逝ってしまった。あの日も桜がきれいに咲いていた。三回忌なので家族で集まり食事をする予定だったが、こんな状況なので延期し、それぞれ家で偲ぶことにした。

そんな折、志村けんさんの訃報を目にしてさらに悲しい気持ちになった。バラエティー番組はほとんど見ていないが、子供の頃には弟と一緒に「8時だョ!全員集合」や「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」を見ていた。カラスの替え歌もよく歌っていたし、ジャンゲンする時には今でも「最初はグー!」と言う。ものすごく好きという訳ではないが、小さな頃から知っている身近に感じるコメディアンだった。なので自分でも意外なくらいショックを受けている。

身近な人ほど、その死をイメージしにくい。父が入院した時も、膵臓癌からの肝臓への転移、血糖値の低下、意識の混濁など冷静に見ればほぼ希望がない状況にも関わらず、私達家族は皆、父なら乗り越えて回復すると信じていた。なので、その希望があっけなく崩れ去った時のショックはとても大きなものだった。

志村さんの場合も同じなのだと思う。子供の頃からテレビの中にいつもいた身近な存在だったからこそ、世界中で3万人もの人が亡くなっている新型コロナウィルスに感染し、肺炎を起こしてECMOを使用している状態だと聞いても、回復して「だいじょうぶだあ」とネタにして笑わせてくれると信じていた。多くの人が、同じような気持ちを持っていたのではないかと思う。

生まれた以上必ず死ぬ。それはゆるぎようのない摂理だ。秋に植えたビオラは梅雨の頃には枯れてしまうし、夏に元気に鳴いていたセミは秋の気配を感じる頃には落ちてひっくり返っている。そうした生から死への流れは常に目にしているはずなのに、これが自分や自分の身近な人のこととなると、当たり前のこととして受け入れることが難しい。死の可能性を拒絶し、そう簡単に死なないはずだと思い込もうとする。しかし、現実は容赦してくれない。

今流行している新型コロナウィルスは、人によっては致死率がかなり高いウィルスだ。過度に恐れる必要はないが、自分の行動が家族や友達、誰かにとって大切な人の命を奪う可能性があるということは、忘れてはならないと思う。

志村けんさんのひとみばあさんとヒゲダンスが好きでした。心よりご冥福をお祈りいたします。

2020.3.30投稿

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