おすすめ絵本:『ぼくのニセモノをつくるには』(ブロンズ新社)



『りゆうがあります』や『ふまんがあります』のシリーズですっかりファンになったヨシタケシンスケさんの絵本を、学校の図書館で見つけたななちが借りてきた。

宿題やそうじなど、やりたくないことを押し付けるために「ぼくのニセモノ」を作ろうとロボットを買った小学三年生のけんた。ニセモノになりきるために「あなたのこと、くわしくおしえてください!」とロボットに頼まれたけんたは、自分の特徴を説明しながら「じぶんというもの」についての理解を深めていく。

好きなものや嫌いなもの、できることやできないことなどをロボットに向かって話していくうちに、「じぶんからみたじぶん」と「みんなからみたじぶん」の間に違いがあることや、家や学校など、他者との関係によって「じぶん」を使い分けていることに気がついていく。そしてその全てが「じぶん」であることを理解する…。

自己と他人の視点の違いに気づくようになると、その他人が持っているであろう自分のイメージに合わせて、自分を演じようとするようになる。今風に言うと「キャラ」というのだろうか。特に思春期以降、その傾向は強くなるようで、他人が期待するイメージに応えようと、キャラを演じ、疲れてしまったりする人も多いようだ。本当の自分はこんなじゃないのに…と。

しかし、そのキャラを演じなくてはと思い、演じ続けているのは他ならない自分だ。演じているキャラも、それを嫌だと思っている自分も、全て自分なのである。

この絵本の中で最も印象に残った一文が、けんたのおばあちゃんの言葉だ。おばあちゃんは、人間をそれぞれ形の違う「木のようなもの」だと例えた上で、木の種類のように、生まれつき決まっていて選べない部分もあるが、その木を育て、飾り付けしていくのは自分自身であると言っている。そして「木のおおきさとかはどうでもよくて じぶんの木を 気に入っているかどうかが いちばんだいじ」だと。

自分の中にあり、自分だけしか見ることのできない、たったひとつのじぶんの木。生まれてから今日までの時間や経験を糧に成長してきたその木を、しっかりと見つめ、全部を愛することができれば、キャラに悩まず、楽に生きることができるのかもしれない。

ヨシタケシンスケさんの絵本は、子供好きするおもしろおかしいネタに満ちているが、その奥にあるメッセージは深いので、子供も大人も楽しめるのだと思う。