おすすめ絵本:『このあと どうしちゃおう』(ブロンズ新社)



『このあと どうしちゃおう』は、ヨシタケシンスケさんの最新作の絵本だ。思わずくすりと笑ってしまう突飛なストーリーを展開するヨシタケさんの絵本は、ふざけているように見えて、実はとても深いテーマを扱っている。この絵本のテーマは「死」だ。

亡くなったおじいちゃんが残したノート。そこには、死んだら行くであろうあの世の様子や、あの世でやりたい事がおもしろおかしく記されていた。「ぼく」はそのノートを読みながらあの世というものに思いを馳せ、やがて「おじいちゃんはほんとうは怖かったのかも…」ということに気がつく。

誰もが経験するけれど、誰もが知らない「死ぬ」という体験。人の死に対面することはあっても、自分が死を体験するのは自分が死ぬ時、ただ一度だけ。それゆえ、死んだらこの自我はどうなるのか、魂と呼ばれるものは存在するのか、あの世と呼ばれるものはあるのか…本当のところは誰にもわからない。

だからこそ、人は未知なる「死」という体験を恐れ、忌避する。このおじいちゃんのノートは、未知だから恐ろしく感じる「死」というものを、明るく楽しいものだと前向きに考える事で、いずれ訪れるその時の恐怖を軽減する、という役割を果たしている。そしてそれは、世界中に誕生した様々な宗教が果たしている役割と同じだと言えるだろう。死を恐れすぎる事はない。しかし、死後の世界がどうなっているかわからない以上、生きている「今」この瞬間を大切にしてほしい…そんなメッセージが込められているように感じた。

夏休み明け、新学期の始まるこの時期に、子供の自殺が多くなるという。思春期という、ただでさえ精神的に不安定なこの時期に、心が砕けれしまうくらい辛いことがあると「死」に救いを求めてしまうことがあるのかもしれない。しかし「死」はそのうち必ず訪れるものなのなのだから…できれば自らの手でそれを招くようなことはせず、別の逃げ道を選んでほしいと思う。

おすすめ絵本:『はがぬけたらどうするの?』(フレーベル館)

抜けた歯を枕元に置いて寝ると、夜に妖精がやってきてプレゼントと取り替えてくれる…と言う話を友達から聞いて以来、歯が抜けるのを楽しみにしているななち。私は今まで聞いた事がなかったが、ヨーロッパの習慣に基づくものらしい。

日本は屋根や縁の下に投げる、ヨーロッパはプレゼントと取り替えてもらう。他の地域にも乳歯にまつわる習慣があるのかな…と調べていたら、ちょうど良い本を見つけた。『はがぬけたらどうするの?―せかいのこどもたちのはなし』という絵本だ。世界中の64の国や地域から集めた、乳歯に関する風習や言い伝えを紹介している。

絵本によると、ヨーロッパやアメリカでは、妖精やネズミにプレゼントに変えてもらうというのが主流であるのに対し、それ以外の地域では投げる、というのが多かった。例えば、エジプトやリビア、中近東では強い歯が生えるよう祈りながらおひさまに向かって投げるらしい。日差しが強い国らしい習慣だと思った。
また、日本のように下の歯は上に、上の歯は下に、と歯の生える方向に向かって投げるという風習は、中国、シンガポール、ベトナム、カンボジアなど、東アジアに特徴的なものだった。

他にも川に流したり、埋めたり、イヤリングやペンダントに加工する地域もあった。世界中の様々な国や地域で、子供たちの抜けた乳歯は、様々な形で祈りと祝福を受けている。環境や宗教、価値観は大きく違っていても、子供の健やかな成長を願う親の気持ちは世界共通なのかもしれないと感じた。

おすすめ児童書:『ムーミン谷の11月』(岩波書店)

久しぶりの絵本レビューは『ムーミン谷の11月』。『ムーミン谷の彗星』と並んで好きな物語だ。『ムーミン谷の11月』は、ムーミンシリーズの最終話であり、『ムーミンパパ海へ行く』と対になっている物語である。

ムーミンパパの突然の思いつきにより、ムーミン一家はムーミン谷を飛び出し、灯台のある無人島で暮らし始める。(『ムーミンパパ海へ行く』)『ムーミン谷の11月』は、その間の谷の様子を描いた物語である。つまり、ムーミンシリーズでありながら、ムーミン一家が全くでてこない物語なのだ。

沈んだ気持ちになった時や不安な気持ちになった時に、自然と足が向くところ。それが、ムーミン一家の家だった。いつも迎え入れてくれる、心の拠り所となっていた存在を、何の前触れもなく失ってしまった、ムーミン谷の住人。誰もが動揺を隠せず、慰め合うように、共同生活を始めてみるものの、ムーミン一家がいた頃への憧憬が高まるばかりで、今の生活には不満しかない。そのため、住民同士の諍いも絶えない。

この物語に描かれているのは、大切な存在を失った深い喪失感だ。ムーミンシリーズ上、最も陰鬱な話だと思うし、とても子供向きの童話とは思えない。しかしながら、この物語に惹かれるのには理由がある。最後に救いがあるからだ。

喪失系の物語は「失ったものが戻り、みんなも元に戻りましたとさ。めでたしめでたし。」といった終わり方をするものが多いが、この物語は違う。最終的にムーミン一家は谷に帰ってくるのだが、住民達は、ムーミン一家が戻る前に、自分達自身で気持ちの折合いをつけ、立ち直って自分の家へと帰っていく。そこに救いがあるのだと私は感じる。

別れてしまった恋人、病気や事故で亡くなってしまった人、剥奪された名声など、現実の世界では、一度失ってしまったものを元どおりに取り戻すことは不可能だ。そのため「失ったものが戻ったので、元どおり」という結末はファンタジーであり、そこに現実的な救いはない。

しかしムーミン谷の住人は、喪失感や絶望と戦い、不満や不安をぶちまけながらも、最終的に自分達の力で立ち直っていく。この姿に、どんなに大きな喪失も、時間をかければ少しずつ埋めていくことが可能なのだという救いを見ることができるのだと思う。

心が疲れてしまった時、落ち込んでいる時に読むと、陰鬱なストーリーが沈んだ気持ちに寄り添ってくれ、最後には希望を与えてくれる。気持ちが落ち込んでいる時には、無理に元気になろうと頑張らなくていい。淡々と日々を過ごしていくうちに、自然にゆっくり回復していくから。この物語は、そう語りかけているような気がする。

おすすめ絵本:『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)

テーブルの上に何気なく置いてある、一つのりんご。何の変哲もないりんごに見えるが、果たしてこれは、本当にりんごなのだろうか…少年の一つの小さな疑念から生み出された突拍子もない空想の世界に、子供達はお腹を抱えて大笑いするに違いない。

ユニークなイラストと、おもしろおかしい文章のおかげで、小さな子供でも簡単に笑いながら読めてしまう絵本だが、その根底には、深いテーマがある。それは、常識だと思っていることを疑ってみることにより、異なる視点から物事を見てみよう、ということだ。一つの価値観にとらわれず、多角的な視点を持つことの大切さを、この絵本は伝えているのだと思う。
最近、なんとなく感じている事だが、人の思考がどんどん均一化されてしまっているような気がする。

ネット掲示板やSNSにより、個人が簡単に自分の意見を発信できるようになった。「いいね!」ボタンやリツイートにより、相手に共感を伝え、同じ価値観を共有し、仲間意識を強めていく。それに連動するように、価値観や意見が異なる相手に対する許容範囲が、どんどん狭くなってきているような気がするのだ。

そのため「あいつは悪いやつだ」というレッテルが貼られてしまった人は、過去の実績も功績も全て否定され、社会的に再起不能になるまで徹底的にたたかれる。それだけでなく「悪いやつ」を擁護する人も「悪いやつ」と認定され、拒絶・攻撃の対象となる。それゆえ、異なる意見を持っていても口をつぐみ、みんなで声を揃えて「悪いやつ」を攻め立てる。最近のこうした風潮は、中世の魔女狩りに通じるような気がして、少し気持ちが悪い。

人間は複雑な精神構造を持つ動物で、多様性に富んでいる。国や地域によって価値観も文化も大きく異なるが、そのどれもが正解でその国の常識だ。だからこそ、共存のためには、柔軟で多角的な視点を持つことが大切だと思う。

おすすめ絵本:『ぼくのニセモノをつくるには』(ブロンズ新社)



『りゆうがあります』や『ふまんがあります』のシリーズですっかりファンになったヨシタケシンスケさんの絵本を、学校の図書館で見つけたななちが借りてきた。

宿題やそうじなど、やりたくないことを押し付けるために「ぼくのニセモノ」を作ろうとロボットを買った小学三年生のけんた。ニセモノになりきるために「あなたのこと、くわしくおしえてください!」とロボットに頼まれたけんたは、自分の特徴を説明しながら「じぶんというもの」についての理解を深めていく。

好きなものや嫌いなもの、できることやできないことなどをロボットに向かって話していくうちに、「じぶんからみたじぶん」と「みんなからみたじぶん」の間に違いがあることや、家や学校など、他者との関係によって「じぶん」を使い分けていることに気がついていく。そしてその全てが「じぶん」であることを理解する…。

自己と他人の視点の違いに気づくようになると、その他人が持っているであろう自分のイメージに合わせて、自分を演じようとするようになる。今風に言うと「キャラ」というのだろうか。特に思春期以降、その傾向は強くなるようで、他人が期待するイメージに応えようと、キャラを演じ、疲れてしまったりする人も多いようだ。本当の自分はこんなじゃないのに…と。

しかし、そのキャラを演じなくてはと思い、演じ続けているのは他ならない自分だ。演じているキャラも、それを嫌だと思っている自分も、全て自分なのである。

この絵本の中で最も印象に残った一文が、けんたのおばあちゃんの言葉だ。おばあちゃんは、人間をそれぞれ形の違う「木のようなもの」だと例えた上で、木の種類のように、生まれつき決まっていて選べない部分もあるが、その木を育て、飾り付けしていくのは自分自身であると言っている。そして「木のおおきさとかはどうでもよくて じぶんの木を 気に入っているかどうかが いちばんだいじ」だと。

自分の中にあり、自分だけしか見ることのできない、たったひとつのじぶんの木。生まれてから今日までの時間や経験を糧に成長してきたその木を、しっかりと見つめ、全部を愛することができれば、キャラに悩まず、楽に生きることができるのかもしれない。

ヨシタケシンスケさんの絵本は、子供好きするおもしろおかしいネタに満ちているが、その奥にあるメッセージは深いので、子供も大人も楽しめるのだと思う。

おすすめ絵本:『ふまんがあります』(PHP研究所)

丸一日のお留守番(&パパのお世話)がしっかりできたので、ななちにご褒美をあげようと思い、リクエストを訊いたところ、「『りゆうがあります』の続きが出たから、それが欲しい!」と言うので、早速本屋に見に行った。タイトルは『ふまんがあります』。不満げな顔をした女の子がこちらをじっと睨んでいる表紙に…なんとなく不穏なものを感じたが、とりあえずご購入。

前作の『りゆうがあります』が、子供がよくやってしまう癖(鼻くそをほる、ストローを噛む等)について、子供の立場から面白おかしく理由づけする…という絵本だったのに対し、この『ふまんががあります』は、親が子供に対して、やってしまいがちな理不尽な行動について、親が面白おかしく言い訳をする、という絵本である。

「どうして大人は夜遅くまで起きているのに、子供だけ早く寝なくちゃいかないのか」とか、「イライラしているからって、なんで私までついでに怒られなきゃならないのか」とか、「どうしてすぐに『いま、いそしい』とか、『また あとで』」とかいうのか」などなど、主人公の少女が父親にぶつける不満は、どれも耳が痛いものばかり。日頃、ななちが感じている不満とドンピシャだったらしく、ケラケラ笑いながら読んだ上、「ママもよく読んで!!」「この絵本、紹介して!」と執拗に勧められた。ちなみに、ななちが一番不満に思っていることは、ななちが寝た後、私と夫が二人で夜更かしお茶タイムをしていることらしい。

自分も子供だったから、ななちの不満もよくわかる。でも、親になった今、親側の大人の事情もよくわかる。絵本の父親が呟いているように「おとなって、どうしてズルくなっちゃうんだろうね…」というのが、多くの親の正直な気持ちだと思う。

子供に「大人ってズルい!」と言われた時、この絵本の父親ようなユニークな切り返しができれば、子供もクスリと笑って許してくれるかもしれない。

おすすめ絵本:『わたし、くわがた』(福音館書店)



今日、理科の授業で昆虫観察を行うため、自慢のクワガタムシを学校に連れて行ったななち。休み時間には、お友達のクワガタムシの歩く速さを競う「クワガタレース」なるものを行ったらしい。そんな訳で、今日紹介するのは、こちらの絵本。
この絵本は、以前紹介した『ぼく、だんごむし』を書いた得田之久氏による作品だ。夏の人気者、クワガタムシの生態を、柔らかい話ことばと、温かいタッチのイラストで解説しているものだが、特に「メスのクワガタムシ」に焦点を当てているところに特徴がある。

子供達に人気なのは、大きなクワのようなあごを持っていて、カブトムシとも互角に戦うことのできるオスのクワガタムシだろう。図鑑の表紙を飾るのも、ポスターの主役になるのも、メスではなく、オスのクワガタムシであることからも、それは明らかだ。オスよりもひと回り小型で、大きなクワも持たないメスのクワガタムシは、パッと見た感じコガネムシのような印象であるため、あまり「華」がないのである。

そんな、普段注目されることのないメスのクワガタムシ目線で語られているところが、この絵本の面白いところだと思う。メスのクワガタムシは、小さいけれど、朽木に卵を産み付けるための穴を開けることができるくらい強い力のあご持っていること、メスは体が小さいため、オスよりも外敵に見つかりにくいこと、メスはあまり場所争いの喧嘩をしないため、効率良く多くの樹液を吸っていること…などなど、メスのクワガタムシの知られざる能力が紹介されている。

また、樹液はカミキリムシが産卵のために木を傷つけることによって出ること、その傷を蛾の幼虫やメスのクワガタムシかじることによって、樹液が出やすくなること…など、大人も「知らなかった!」と驚くような解説もある。文章は柔らかいが、細かいところもしっかりと解説されているため、子供だけでなく、大人も楽しめる内容だと思う。

おすすめ絵本:『りゆうがあります』(PHP研究所)

書店でこの絵本を見た時、絶対ななちが好きだろうな、と思い即買いした。思った通り、ななちは大喜び。ケラケラと楽しそうに声をあげて笑いながら読んでいる。

無くて七癖…と昔から言う通り、誰でもなんらかの癖がある。この絵本は、鼻をほじったり、爪を噛んだり、ストローをぶくぶくしちゃったり…という子供がよくやりがちな色々な癖について、「どうしてそれをしてしまうのか」という理由を、子供目線で面白おかしく解説しているものである。

例えば、びんぼうゆすりは、実はモグラ語であり、モグラと会話するためにやっているのだとか、汚れた手をズボンや服で拭くのは、花や白鳥で拭くのは可哀想だからとか、落ちているものを拾ってかえってきちゃうのは壊れた宇宙船の修理に使えそうな部品を集めるためだとか…。よくもまあ、こんな突飛な言い訳が出てくるもんだと思わずクスリと笑ってしまう。
最後に子供が母親に対し「大人だってついやっちゃうことってあるでしょう」と聞いた時、母親はそれを素直に認め、子供と同じように面白い理由を返す、という件が、とても素敵だ。こんな心のゆとりをもてれば、きっと子育てでイライラすることもないだろうし、毎日楽しく過ごせるに違いない。

しかし実際は、注意したことに対していちいち言い訳されると余計にイラっとするものだ。ななちのあれこれを注意するたびに、ニヤニヤとわらいながら、それの理由はね…と言い訳をされるようになり、時々本を買ったこととを後悔する今日この頃。

絵本レビュー:『しんでくれた』(佼成出版社)

衝撃的なタイトルが目をひき、思わず手に取ってしまった一冊。表紙のハンバーグの絵を見て、なんとなく絵本の趣旨は察しがついた。
この絵本は、谷川俊太郎さんの詩を絵本化したものであり、テーマは「いただきます」の精神と命の重さだ。うしが死んでくれたおかげで、「ぼく」はハンバーグを食べることができる。普段何気なく食べているソーセージやナゲット、お刺身も、元は豚や鶏や魚であり、それらは食べられるために死んだ…という事を私達は忘れがちだ。

きれいにスライスされ、パックに入ってスーパーに並んでいる肉や魚を買う生活の中では、それらが、元々は自分達と同じく生きていた動物である…という事を意識する事は難しい。この絵本は、その事を思い出させ、私達の命は、多くの動物の犠牲の上に成り立っているのだという事実を突きつけるものである。

それ故、この絵本は、子供よっては大きなトラウマとなるかもしれない。デリケートな子の場合、この絵本がきっかけとなり、肉や魚を食べる事に大きな抵抗を持ってしまう可能性があるだろう。そのため、この絵本は万人向けのおすすめ絵本とは言い難い。まず親である大人が読み、自分の子供の性格を考慮した上で、読み聞かせるかどうかを決めてほしいと思う。

個人的には、とても良い本だと思った。牛や豚は食べられるために死んでくれた。だからこそ、私達は「いただきます」と言って、その命に感謝し、残さず食べなければならない。この絵本は、「いただきます」の本当の意味を教えてくれる。

そしてもう一つ、多くの命を犠牲にして生きているのだから、私達はその命を大切にしなければならない、ということも教えてくれる。「ぼく」は、死んでもだれも食べてはくれないから、死んであげても、なんの役にも立たない。それどころか、死んだら、家族や友達、多くの人を悲しませてしまう。それに、今まで犠牲にしてきた多くの命に対しても失礼なことだ。

命の重さを理解していれば、くだらない理由や一時の感情で人を殺してしまうこともないのではないだろうか。犠牲にしてきた命を思えば、どん底にいて、絶望していても、自ら命を絶つことを踏みとどまることができるかもしれない。

多くの動物の命をいただいてきた「ぼく」達ができること、すべきこと。その答えを、親子で一緒に考えてみてはどうだろうか。

おすすめ絵本:『ことわざ絵本』(岩波書店)



久しぶりの絵本レビューで紹介するのは、ことわざブームなななちが、最近、夢中になって読んでいる絵本。ことわざの由来や意味を、話しかけるように、とてもわかりやすい言葉で説明している『ことわざ絵本』だ。

五味太郎さんのユニークでゆるいイラストも魅力だが、このことわざ絵本の一番の魅力は、ことわざを今風の言葉に置き換えて説明しているところにある。例えば、「急がばまわれ」は「あせってガックリ」、「出るくいは打たれる」は、「美人はつらいよ」、そして「火のない所に煙はたたぬ」は「屁のない所にあぶくはたたぬ」、となる。

ことわざには普段の生活ではあまり使われない古い言い回しや昔の習慣(経を読む、兜の緒をしめる、など)が使われていることが多い。この絵本では、そうした言い回しを、現代の口語体や身近な事象に置き換えて解説してくれているので、ことわざを自分の生活に結びつけて理解することができるのである。そして、ことわざの意味を理解した上で、自分だったらこんなことわざをつくる!とさらに思考を一歩進ませることができる。一般的なことわざ辞典よりも、ことわざを気軽に楽しく学ぶことができる。

ななちも日々いろんなことわざを作って遊んでいる。「ななちにお寿司」(=猫に小判)、「パパの耳に文句」(=馬の耳に念仏)、そして「ママにダイエット」(あえて言うまい…。)…などなど。親子で楽しくことわざを学ぶことができる絵本だと思う。