笑うな

『笑うな』(新潮文庫)

今年最後の書評は筒井康隆氏の『笑うな』。タイトルになっている「笑うな」をはじめとする34篇のショート・ショートが綴じられている。

筒井康隆氏と言えば映画化された『時をかける少女』が有名だが、そのイメージでこの短編集を読むと少しびっくりするかもしれない。ブラック・ユーモアのブラック度合いが濃いのである。以前紹介した星新一氏のショートショートの世界をより世俗的にして、エログロ要素を追加した感じだ。なので、好き嫌いは分かれると思う。

もちろん、全てがブラック・ユーモアという訳ではない。34篇のショート・ショートはバラエティに富んでおり、「最初の混線」のように最後のオチでくすりと笑える落語のようなものもあれば、「駝鳥」のように寓話的なものもある。「座敷ぼっこ」はロマンティックなファンタジーで、読後感も良い。

一方でブラックな話はかなり意地が悪い。「傷ついたのは誰の心」や「廃墟」、「べムたちの消えた夜」などはユーモアを感じられないくらいにブラックすぎて、なんとも言えない読後感が残る。

このなんとも言えない読後感の正体はなんだろうと考えながら繰り返し読んだ。そして、これは見て見ぬふりをしている人間の残酷で醜い部分を見せつけられたことによる戸惑いなのではないかという結論に達した。

「正義」に出てくる「彼」のような人はTwitterでよく見かけるし、「チョウ」で記録されている現象は、芸能人の不倫報道で盛り上がるワイドショーやTwitterの炎上騒動を彷彿とさせる。これらのショート・ショートは全てフィクションであるが、現実社会の表象でもあるのではないだろうか。筒井康隆氏はこれらのショート・ショートを通し、不条理で自分勝手な人間や社会を皮肉っているのだと思う。

色々なものへの配慮が求められるようになり、小説や漫画、アニメの表現規制も厳しくなった現代においては、筒井康隆氏のような(良い意味で)ぶっ飛んだ作家はもう現れないのかもしれない。時代の流れだと思うので、それが悪いことだとは言わない。ただ、世の中の作品が配慮されたお行儀の良いものばかりになったとして、人間社会がそれを反映したような差別のない愛と優しさにあふれた平和なものになるかどうかは甚だ疑問だ。

今年からスタートした書評シリーズ。ななちの習い事を待っている間にカフェで読んだ本について徒然と書いてきた。今日で今年の習い事は終わりなので、しばらく読書はお預けとなるため、書評もしばしお休み…。

ふちねこ

今月はキャンペーンしていたふちねこが欲しくて毎週veloceに通った。一番欲しかったチビサンタ猫が一発で当たり嬉しい。